大雄山沿線名所巡り

その2 五百羅漢・穴部
 
     
 
 6月29日(水)名所めぐり第2回目。カラ梅雨の暑い日、今回は都合で穴部駅からスタート。
駅前の県道小田原・山北線を横断して西側に位置する諏訪ノ原丘陵へ向かって進む。約500b 行って右側に折れると,姥神社の参道が小高いところまでのびている。
 今回は、地元在住の小田原史談会会員中野さんに案内して頂く。
 氏は5年前に穴部地区鎮守姥神社再建時に建設実行委員長の任を果たされた人物だ。
 石段を上がった境内は意外に広く、こじんまりとした中にも均整のとれた建物は、ご祭神の玉依姫命(たまよりびめのみこと)に相応しいたたずまいだ。
…玉依姫命の姉・豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)は、夫・火遠理命(ほおりのみこと)との子・鵜葺草葺不合尊(うかやふきあえずのみこと)を生むと育てることなく故郷の海へ帰ってしまった。
 妹の玉依姫命が母親代りとなって育てた。その後玉依姫命は成人した鵜葺草葺不合尊と結婚し4人の子供を儲けるが、その末子は初代天皇とされる神武天皇である…

という訳で、玉依姫命は乳母役を全うした。
 したがって姥神社名称の由来は、乳母(うば)からきている(中野氏)そうだ。
 
                   
姥神社                                      名号塔
 
   次に、来た道を少し戻り府川方面へ北上し唯念名号塔(元治元年1864)へ。
 浄土宗の唯念上人は、諸国を遍歴し布教活動を続けた。
 名号塔は、2年前の小ぶりな塔と並んで、独特な書体で南無阿弥陀仏と書かれ、4.3bと大きい。
 台座の周りには当時の池上村はじめ甲州道筋の名主61人の名前が刻字されている。
 当時では何処からでも見えて、通りすがりに立ち止まって、名号を唱え安心を得た旅人たちの姿が目に浮かぶようだ。

 現在地を穴部駅方面に向かって下り、約150年前、田畑のために狩川から取水した穴部用水路を辿ることに。
 次の訪問先玉宝寺への静かな近道だ。大雄山線穴部踏切の手前で右に入り、丘陵の裾を滔々と流れる涼しげな用水路に沿って歩く。
 途中には水門もあり、妙泉寺橋の下から玉宝寺山門前へと続く。
 途中で用水路から離れ、大雄山線と小田急線が立体交差する地点で踏切を越えガードをくぐると、前方に、山を背にした玉宝寺が現れた。
 
       
 
 天桂山 玉宝寺                           五百羅漢
 
 
  いよいよ五百羅漢さんとご対面だ。
 五百羅漢とはお釈迦様の弟子で仏の道を悟った上、六つの神通力に達した五百人の高僧を尊称したもので、信仰することによって、現世において大変ご利益があるといわれている。
 宝永から享保にかけて、小田原地方は大地震、富士山の大噴火、酒匂川の大洪水等、今年の東日本大震災とは比較し難いが、大変な災害に見舞われ、人々は不幸不安のどん底にあった。
 そのような折、一村民、智鉄(出家後の名前)が一念発起、出家し五百羅漢像造立を志す(享保15年1730)。
 しかし志半ばで病に倒れた。あとを弟(真澄)が継いで28年の歳月を費やし完成させた(宝暦7年1757)。
 曹洞宗天桂山玉宝寺。朝に夕に鐘の音は聞いてきたが、本堂に入るのは初めてである。
 羅漢様は、お一人づつ違った個性的な人たち。遠方からも多くの善男善女が亡き人を追慕し、尊像の中に面影を求めて参拝したのも分かるようだ。
 「わがおやに にたるほとけもあるらかん まわりておがまん たこのてらかな」 ―御詠歌歌碑―
 堂の外へ出て裏側へ回ると、何だか別世界へ来た感じ。
 背後の斜面に沢山の墓地が整然と並び、まだ新しい等身大の石仏(観世音菩薩?)が墓地のところどころに、見守るように立っている。補陀落山のイメージと思われる。

 
    玉宝寺前の切通しの道を右へ、白山神社へ行く。左側の、道路より2〜3b高い台地に南向きに鎮座する。
 社殿は、55年前(昭31)までは樹木が鬱蒼とした130mの山の上の、人目が届きにくい所にあったが、防犯防火を配慮して、山を3.6bほど掘り下げ、再建した。50段あった参道の石段が10段になり参拝しやすくなった。
 祭神は伊弉諾命(いざなぎのみこと)。境内には山王大権現社など、公民館もある。
 東側は、白山中学校校地。
 社殿が遷座されるまでは、山の東側に多古城跡の空壕が残っていたそうだ。校地を広げるために埋められたという。
 
 ここ諏訪の原丘陵先端は、小田急線、大雄山線、道路などのために切り、削り、すっかり変容してしまった。
 多古城については、郷土史家、地元古老の言い伝えなど色々と取りざたされているが、特定されていないようだ。
 駅の名所案内にある「多古城跡 徒歩5分」は、一体どこだろう。
 疑問符を一つ残したまま多古の道を戻る。
(田口 記)
 
 
白山神社
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