No.29  投稿日時:2014/03/09 11:52  投稿者:石井 啓文
Eメール:isi-1410@nifty.com
「小田原屋について」の中條様への投稿御礼
「小田原屋~」のご投稿と情報に御礼申し上げます。私は本稿の筆者です。『四季漬物塩嘉言』の明治再販本2冊を教えていただき、これらが国会図書館の「近代デジタルライブラリー」からと拝察し、判明したことを記します。
まず、挿絵の絵師・文川(ぶんせん)は、寛政2年~没年未詳、八王子出身の絵師で本名関根政五郎光信で関文川と称し、面白い民話も残されていることは分かっていました。当時、私が手にした「四季漬物塩嘉言」には序文がありませんでした。
今回、前記2書から序文を知り、その筆者が判明しましたのでお知らせします。
花笠文京は、挿絵に添えた狂歌の作者で天明5年~万延元年。狂言作者・戯作者。別名花笠魯助・代作屋大作。弟が儒者・東条琴台でした。従って、「琴台老人」とあるのが東条琴台で寛政7年~明治11年。儒者・雑学者でした。ただ、「八百治に代りて、好食外史」は分かりません。あるいは、無類の漬物好きが「日本外史」に倣っての筆名でしょうか。そして、序文末尾の「問丸小田原屋の茶室において」から、小田原屋主人と花笠文京・関文川の三人が集まって『四季漬物塩嘉言』を書き上げ、序文を花笠文京の弟東条琴台と好食外史に依頼したものと推定できます。
なお、小栗家の「北條氏直遺児伝承」は、推定


No.28  投稿日時:2014/03/05 09:51  投稿者:中條利昭
Eメール:nakajou@mb.scn-net.ne.jp
淺田兄弟について
「小田原史談236号」に淺田兄弟についての論考が載っていたので、亡父が語ってくれた淺田兄弟の仇討話を思い出し、当時の有様
が懐かしく感じられた。そして、以前に本で読んだことがあったなあと思い出し本棚を探した。ありました。十年程前に読んだ本だっ
た。それは「古今復讐日本義烈伝」(上下巻二冊 福田宇中著 明治十三年版)。目次に「二十三 紀淺田兄弟事 同水戸仇」とあり、
文章は三頁程度の短いものである。気になったことを抜書きする。「神心狂乱暴殺其同僚淺田只助」「萬助在獄精神復故翌年二月脱
獄」仇討ち後「水戸侯聞之賜金若干及衣服。大久保侯賞之賜俸五十石班士籍」この記事から、忠真公が支援したのは、兄弟の志を
憐れんだからと言うよりも、脱獄されたから藩の威信にかけてもと言う意味合いもあったようだ。烈公からも賞されたのは、忠真公と仲
がよかったからだ。忠真公が早逝した時の川路聖謨宛手紙で分かる。関連した本を探し出し、当時のことを思い返すと、その間に得
た知識が加わるので、更に面白味が膨らむ。読書の楽しみでもある。

 訂正;前回の上から二行目「百冶に代りて」は「八百冶に代りて」です。訂正します。


No.27  投稿日時:2014/03/03 09:53  投稿者:中條利昭
Eメール:nakajou@mb.scn-net.ne.jp
小田原屋について
小田原屋に興味を持ちました。「四季漬物塩嘉言」(小田原屋主人 著 半月堂 明19)
と「漬物塩加減」(小田原屋主人 著 石版舎 明18)は同じ本で、序は、「琴台老人題 半僊容書」「百冶に代りて 好食外史」「問丸小
田原屋の茶室で筆を採る 花笠文京」の三人が書いているが、小田原屋主人がどんな人物かの記述はない。梅に関することは、梅
干漬・青梅漬・梅花漬などがある。具体的に漬け方が書かれていて面白かった。
「小田原屋の由来」に、氏直の娘を小栗氏が連れて逃げたとあるが、その時の氏直の立場から見ると、家康に頼って江戸に行ったと
した方が納得する。何も連れて逃げる必要はなかったのではないか。さらに、史実では、そのような氏直の娘はいなかったとなってい
るが(書かれていないから存在しなかったとは一概に言えない)、いたとして、還俗したのが当時二歳だったとはどういうことか、その
後も剃髪して独身で終わったとあるが、なぜ剃髪したのか、なぜ独身だったのかよく分からない。それが事実(伝説?)だからと言って
も疑問は残る。でも、こういう資料が出てくると、検証してみたいと言う意欲がわいてくる。


No.26  投稿日時:2013/11/28 22:01  投稿者:関
Eメール:s5-21takao@tbt.t-com.ne.jp
我が家に伝わる「さなだのよいち」様
私の家は埼玉県日高市にあります。先祖代々、大晦日の晩、お膳にご飯と汁を載せ、そのお膳を捧げて家の敷地をでて5
0㍍ほど先の辻まで行き、そこにお膳を置き、「さなだのよいち」様に一年の感謝を述べ食べてもらい、そのご飯と汁を家族
全員で少しずつ食べるという行事があります。屋号は海なし県の埼玉県でありながら「沖」といいます。また、屋敷地内に
は、通常の社の他、「金山様」の社もあります。さらに敷地内からは鎌倉時代の「宋銭」も見つかっています。近所でもとて
も古い家といわれていますが、いつの頃からこの地にいるのか定かでありません。先年亡くなった父が、たまたま旅行で小
田原の方に出かけたとき、バスガイドの「さなだのよいち」(佐奈田與一の説明だったようです)の言葉を聞き、少し興奮気
味に家に戻ってきました。その後調べてみたところ、佐奈田霊社のことを知りました。私の家では、「さなだ」を勝手に真田
と勘違いしていましたが、氏と名の間に「の」が入っていることを考えれば、鎌倉時代の「佐奈田與一」のことだと考えた方
がいいのかなと思っています。先祖のことが少しでも知りたくて投稿しました。


No.25  投稿日時:2012/10/08 11:06  投稿者:豊中でん
Eメール:
懐かしの御幸座
 久しぶりに投稿します。
ロマンス座がお堀端通りにあったことは知っていましたが、上映される映画が映画ですから何から、近寄りがたいものがあ
り遂入る機会を失ってしまいました。御幸座は昔懐かしい芝居小屋仕立てで、古い写真を見ると一流の歌舞伎役者が巡業
していたのですね。愚妻の実家が近くにあったので一度だけ入った記憶があります。
 芝居小屋はどこも同じような佇まいで、中に入ると履物の木札を渡されあずけました。 正面に舞台、まだ升席があったよ
うに思います。右手に行くとお菓子などの売り場、その奥はトイレで懐かしい香りが廊下まで漂ってきました。私の記憶は
郷里の芝居小屋とごっちゃになっており、少し自信がありませんが懐かしい風景です。


No.24  投稿日時:2011/10/18 08:59  投稿者:豊中でん
Eメール:
懐かしの映画館(復興館)
 私が当地に来た昭和26年はまだ営業していました。 モダーンな建物が目をひきました。 復興館って何でつけられた
の?疑問が沸きました。 しかし日活になった頃より足が遠のきました。 それでも駐車場になったのはさびしいですね。
 「海軍」は確か岩田豊雄が朝日新聞に掲載された小説の映画化でした。
主演の山内明が自ら演じた谷真人(真珠湾攻撃の横山少佐がモデル)の海軍士官姿にあこがれ、
映画後海兵を受けたと聞きました。 その山内明ももうなくなりました。
 長谷川一夫は林長二郎から歌舞伎界出身で見惚れるようなスターでした。
髷ものが多かったのですが、「燃ゆる大空」でひげ面の軍医で出演していたのが珍しかったですね。


No.23  投稿日時:2011/10/18 08:41  投稿者:豊中でん
Eメール:
指物師の話から
浜野さんの仕事場の様子、キチンと整理され自分の仕事を大事にされているナーと感じました。
浜野さんの仕事に対する誇りが伺われます。

私の家もかって父の座る後ろの棚に、押しものの方がギッシリおかれて、細工道具一切が整理され置かれていたのを思い
出します。 職人は以下に仕事場・道具を大事にすることから始まるのですね。


No.22  投稿日時:2011/09/14 09:22  投稿者:豊中でん
Eメール:
懐かしの映画館(番外編Ⅱ) 
ダニーケイは私も好きな俳優でした。  歌えて踊れて軽妙な人で嫌味がなかった。
それほど彼の作品を観ているわけではないけれど、やはり「虹を掴む男」が良かった!
暖炉(?)の前で想像をしていると場面はその世界が現れ、ダニーの主人公がその想像の世界に溶け込んでしまう。
題名がその内容をよく表現した素晴らしいネーミングでした。


No.21  投稿日時:2011/08/14 09:13  投稿者:豊中でん
Eメール:
指物師浜野さんの話から
私の実家は祖父・父とお茶をした関係上、指物師、竹細工の方と懇意でした。
斉藤四郎さん描く、職人の小道具は子供の頃、似た道具がどちらかの家にも壁にかかっていた記憶があります。
10月、「伊勢・松阪の史跡めぐり」で、良く使いに出された塩井さんという竹屋さんがまだ残っているか興味があります。
当主は私より年上で、足が不住な方でしたが器用に父の注文する面倒な花篭・花活けを編んでいました。
当時、松阪は茶の盛んな街で、そこここに数寄者が茶会をしていました。


No.20  投稿日時:2011/08/13 11:40  投稿者:豊中でん
Eメール:
懐かしの映画館より
今回の(七)も思いで深い映画名が出ています。  「愛染かつら」はその時代の映画ファンの紅涙を絞りました。 主演の
上原・田中より婦長を演じた岡村文子、姉の吉川満子が印象に残っています。 あの愛染かつらは別所温泉にあるのです
ね。  「佐々木小次郎」の主人公を演じた、梨園出身の大谷友右衛門がニヒルな役柄を好演しました。 この友右衛門は
6代目尾上菊五郎の娘婿、映画出演を続けたのち再び歌舞伎女形に帰り咲き、今や4代目中村雀右衛門として89歳の大
御所的存在です。  「夜の河」の山本富士子はどの映画より素晴らしく良かった!。 京都の「亀末広本店」という老舗
(和菓子)がロケに使われたと聞いています。 色彩が美しかった印象がのこっています。  「グレンミラー物語」はスイン
グの快い音が思い出されます。 当時私はジュン・アリスンの男勝りのところがきにいっていました。  「シェーン」は当時
はアラン・ラッドの色男ぶりが目立ちましたが、バン・へフリン、敵役のジャック・バランスもいい役者でした。 いずれも懐か
しい映画です。


全53件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。     1 2 3 4 5 6 ページ

このページのトップへ