No.19  投稿日時:2011/07/06 10:00  投稿者:豊中
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懐かしの富貴座
 昭和26年、当地に来て最初に入った映画館が富貴座でした。 その頃は洋画専門だったと思いますが私の記憶違いで
しょうか。 先輩に連れられ、コロッケを食べながら観たのが懐かしく思い出されます。 確か上映されていたのは「極楽珍
道中」だったと思います。 あの頃は「凸凹珍道中」もありました。
そんな中からビング・クロスピー/ボブ・ホープコンビの「腰抜け二丁拳銃」などが生れました。
 
 ポスターの板妻の「無法松の一生」は故郷で観ましたが、稲垣浩監督で人力車の車輪の交錯する画面が新鮮でした。
全般に暗い映画で、板場に親を尋ねるシーンは怖かったですね。 一方、出入り先の坊ちゃんを助けるため無法松が大暴
れするシーンは胸がすっきりしました。 坂妻の只のチャンバラ役者ではないことを引き出した映画でした。 ひそかに想う
軍人の妻を演じた園井は広島原爆で亡くなりました。 戦後同監督で三船・高峰で再度撮影されましたが、観る気がしま
せんでした。
 


No.18  投稿日時:2011/05/11 09:53  投稿者:田中
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名工シリーズを読んで
家が祖父・父とお茶をやり、今も愚妻がしている関係上、茶道具の箱には親しみを7感じています。
良い茶碗の箱の蓋のわずかな湾曲に職人の誇りを感じます。 良い茶道具は良い箱があって成り立つものと思っていま
す。 連載楽しみにしています。


No.17  投稿日時:2011/04/18 14:21  投稿者:田中豊
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懐かしの映画館より
「東宝館」は何故か縁が薄く入った記憶がよみがえって来ません。
 それより「燃ゆる大空」は懐かしい映画で。 、戦前ですから故郷で観ましたが、黒沢の「姿三四郎」でデビューした藤田
進や大日方伝が主演でした。 藤田進は武骨な風貌から「加藤隼戦闘隊」や「ハワイ、マレー沖海戦」など戦争映画によく
出演していました。 この映画の主題歌(同名)が灰田勝彦が歌って大ヒットしていました。 長谷川一夫が髭面の軍医役
で一場面特別出演していたのもご愛嬌です。 上原謙が「西住戦車隊長」に主演したり二枚目スターも戦争高揚のためか
り出される時代でした。
 中学生の頃は映画が観られず、故郷の街に三つあった映画館に貼られたスチール写真をハシゴしていました。


No.14  投稿日時:2011/03/18 09:15  投稿者:小田原史談会HP管理者
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お礼とお詫び
3月16日「掲示板」に「懐かしい映画館」についての投稿をいただきました。本Homepageをご覧いただき誠に有難うござい
ます。また、この投稿の中で『昭和24年には、レッド、イエロー、ブルーの三スクリーンを持つビルに建て替えられ、「スター
ウォーズ」「インデイ ジヨーンズ」などの大作を上映し、は昭和24年でしょうか』のお問い合わせがありました。申し訳あり
ません。(筆者ではなく)本記事作成者の記載ミスであり、昭和54年、が正しい年です。お詫びして訂正します。本記事を
読んでいただいた方に混乱を与えてしまったこと、また本記事筆者である平倉様にご迷惑をかけたことを陳謝します。な
お、記事は訂正済みです。今後も本Homepageをお楽しみいただくよう、お願いいたします。


No.13  投稿日時:2011/03/16 21:15  投稿者:田中豊
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懐かしの映画館より
オリオン座は懐かしい映画館、筆者は「トロント」だったそうですが、私は「喜久本」の天ぷら蕎麦でした。
関西の色の薄い汁に慣れた私にとって濃い出汁は新鮮でした。 しかし仲々懐具合から食べられずさびしい思いをしたもの
です。 閑話休題、「二十四の瞳」「破れ太鼓」「第三の男」「風と共に去りぬ」の主演級は高峰秀子がなくなりすべて故人
になりました。 なかでも「第三の男」は何度観たことでしょうか。 観覧車の陰から顔を見せるオーソンウエルズの存在感、
墓場の側道のコットンとアリダ・バリの沈黙のロングショット・・・この映画でキャロル・リード監督の虜になりました。


No.12  投稿日時:2011/03/16 10:55  投稿者:匿名
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小田原の懐かしい映画館第二回記事
懐かしく拝読しています。
記事の中に「昭和24年には、レッド、イエロー、ブルーの三スクリーンを持つビルに建て替えられ、「スターウォーズ」「インデ
イ ジヨーンズ」などの大作を上映し」とありますが、昭和24年でしょうか。


No.11  投稿日時:2011/03/13 15:16  投稿者:松島俊樹
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関 重忠について
市川さんからもっと「関 重忠」についてアピールを、の御意見が書かれています。全く同感です。静閑亭プロジェクトは小田原
でたまたま亡くなった秋山真之を前面に出しています。それもいいのですが、地元出身の関重忠が英国に留学し、日露戦
争に参戦し、当時の貴重な写真を残し、「坂の上の雲」にも登場している・・・で、私も図書館で「関重忠日記抄」を読んで少
しばかり勉強しました。市川さんの投稿を機にネットを検索したら、関重忠の貴重な写真集日露戦役海軍写真朝日 
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/774271 を目にしました。興味のある方はどうぞ。いずれにしろ、本HPでもいつか取
り上げたいテーマだ、と思いました。


No.10  投稿日時:2011/03/08 23:42  投稿者:市川清司
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關重忠中尉の日本海海戦
「坂の上の雲」ブームにのって、秋山真之が小田原のジャーナリズムにあふれています。
「小田原史談」は、小田原出身の戦艦朝日機関長關重忠中尉をアピールしてください。史談170号に高田喜久三氏は司
馬遼太郎追悼文のなかで、司馬遼太郎は「この当時の作戦中の軍艦の写真はほとんど彼が撮ったものであった」と書いて
いるといいます。彼の撮った写真を見てみたいです。


No.9  投稿日時:2011/03/08 11:44  投稿者:小田原史談会HP管理者
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投稿ありがとうございます。
田中様、投稿有難うございます。  小田原の映画館の歴史につきましては、連載で掲載して行きます。
今回は第一回で、2ヶ月に1回のペースで連載します。第2回は近日中に掲載いたします。
ご期待下さい。


No.8  投稿日時:2011/03/07 21:31  投稿者:田中豊
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「小田原の懐かしの映画館」より
オリオン座のこけら落しに「ロビンフッドの冒険」が上映され、エロール・フリンに対してヒロインを演じたオリバー・デ・ハヴィ
ランドは懐かしい女優です。  私が入社試験を受けに当地に来た帰り、横浜オデオン座で「女相続人」を観ましたが、その
時のヒロインがオリバーでした。  うまい女優と印象にのこりました。  のちジョン・フォンテーンの姉であり、彼女が東京
生まれと知りました。 「風と共に去りぬ」でもメラニー役として人を疑わない清純な役を演じていました。 60年前観た懐か
しい「女相続人」を思い出し思わず投稿しました。


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